証券会社のサービスを開始
それは電話料金をできる限り引き下げて、しかも中・遠距離電話料金と市内電話料金との格差を縮小しようという話が中心であった。
そこに、「INS」(InformationNetworkSystem)というキーワードが持ち出され、D公社の民営化によって高度情報化社会へ向かう改革が始められようとした。
デジタル交換器と光ファイバーの導入により、多様なサービスを廉価にひとつの通信体系の中で供給できる体制を作ろうとするINSの構想は、デジタル通信技術を集約化することによってひとつのネットワークであらゆる通信サービスに対応できるISDN(IntegratedServicesDigitalNetwork)の一形態であった。
ところが、この時点ですでに高度情報化社会は到来していたのであった。
「すでに来ていた」ものを「来たるべき」と勘違いしたことの誤りの大きさを認識するのに時間がかかり、これが日本のIT革命に大きな「遅れ」を作ることになった。
しかも、D公社の時代から始めたデジタル時代への対応は必ずしもその後の通信の発達と一致するものではなかった。
すなわち、ISDNは従来の通信サービスを統合デジタル通信網で対応しようとするものであり、インターネットに代表されるIT時代の通信とは異なったものであった。
しかも、ISDNがきわめて巨額の資金の投資を必要としたのに対して、インターネットは基本的にそれほど大きな投資を必要としなかったのである。
他方、D公社の民営化によって電気通信分野での新しい発展も見られた。
特に、携帯電話の普及が進み、iモード携帯電話の出現はインターネットをさらに身近なものとした。
iモードを含めインターネットの普及率も急速に高まって、これによってようやく高度情報化社会の姿が見えるようになってきた。
とはいうもののアメリカで実現したIT革命からはほど遠い状況にあることに変わりはない。
シンガポール、韓国など新興工業国の方が先にIT革命を推進し、日本は後発国としてスタートすることとなった。
アメリカで始まり、ヨーロッパやアジアにも波及したIT分野における革命的な変化は、これまでの産業のあり方を一変し、18世紀イギリスにおける産業革命に匹敵する大きな変化が引き起こされていると指摘されている。
現在の変化がどこまで進むかはこれからの課題であるが、いわゆる「情報産業」の発展だけでなくすべての産業、いや産業以外の社会生活の分野においても大きな変化を引き起こしていることに注目しなければならない。
デジタル信号処理技術の発展、新しい通信方式の開発、ソフトウェアの発展などを基礎にインターネットが生まれ、大量の情報を短時間に伝送することが可能になった。
これに伴って、以前では考えられなかったような分野にまで情報化が拡大していった。
情報通信に関するこの新しい技術は、人々の情報交換における地理的条件を無意味にして、即時に大量情報を交換させることになった。
これにより、これまで考えられなかった革命的変化が起こったのである。
かつてはTSS(TimeSharingSystem;ひとつの大型コンピュータに通信線で結びつけられた多数の端末が共同利用するためのシステム)によるコンピュータ利用が主流になると信じられていた。
すなわち、巨大コンピュータを中心に一カ所に情報を集中して、処理することが情報処理コストを低下させ、その低価格化によって利用範囲が拡大することが高度情報化の源動力になるものと理解されていた。
大型コンピュータの周りにスター(星)型のネットワークを作れば、それに接続された多数の端末を通じて、大型コンピュータを利用できる。
その共同利用されるコンピュータの中に巨大なデータベースを構築すれば、その端末の利用者はあらゆる種類の大量の情報が利用可能になると考えたのである。
しかしながら、現実はまったく異なった方向に進んだ。
汎用大型コンピュータのI社が全盛期の時代にベンチャー企業のD社がミニコンを開発し、コンピュータに新しい領域を生んだ。
そして、日本デジコンの委託研究開発の依頼を受けたIがワンチップ・コンピュータであるMPUの開発を行う。
これはひとつのチップの中に演算子とレジスター、メモリーを組み込み、これだけでコンピュータとしての機能をもつものであった。
これは当初電卓の素子として開発された。
しかし、これはコンピュータの分野にまったく新しい領域を開くものとなった。
これはもちろん、大型コンピュータにも採用されたが、一方ではA社などのベンチャー・ビジネスがこれを活用してマイコンを開発し、パーソナル・ユースのためのパソコンを生み出す。
1970年代からLSIの開発競争が始まり、小さなシリコン・チップの上に高密度に集積化された半導体素子の技術発展は、パソコンにこれまででは考えられなかったような高度な情報処理を可能にした。
高速情報処理、メモリーの巨大化、デバイスの廉価化が急速に進み、パソコンは年単位ではなく、月単位のモデルチェンジが行われるようになる。
当初はホビー・ユースとして始まったものが、やがて従来のビジネス・ユースのメインフレーム型の大型コンピュータに置き換わることとなる。
最初のCPUの性能は0.06MIPSであったものが、近年のパソコンに搭載されているペンテイアムWでは1000MIPS以上であり、1970年代のC社のスーパーコンピュータに使われたCPUが150MIPSであるといわれたから、すでに桁違いの性能をもっていることになる。
しかもコンピュータの使い方が大きく変わってきた。
かつては、先に述べたように、何でも知っている巨大なデータベースを収めたガリバー型の超大型コンピュータを中心として星型の情報ネットワークが将来を支配するという予測が行われていた。
しかし、個人が自分のもつ情報をパソコンで管理しながら現場で情報処理を行うようになった。
そして、これからさらにコンピュータ間の通信によってお互いに情報を交換して、小規模のデータベースを相互利用することで全体として巨大な情報を入手できるようになったのである。
Z社の開発したLAN(LocalAreaNetwork)の技術は企業や研究所内の多数のパソコンを結びつけ、さらに、通信回線によって外部のコンピュータと結びついて、情報ネットワークが構築されることとなった。
これによって、各コンピュータのもつデータやソフトをお互いに自らのものと同様に自由に利用できることになった。
多数のパソコンがあたかもひとつのコンピュータであるかのように動きはじめたのである。
そして、ネットワーク参加者は、ネットワーク上で「情報を共有する」ことになったのである。
この延長としてインターネットが登場し、世界中のすべての情報をひとつのネットワークで結びつけることになる。
このようにIT革命といわれる変化が起こったのは、単にコンピュータの性能が向上し、価格が低下してパーソナル・ユースに拡大したからだけではない。
コンピュータの発達と電気通信が結びつき、特にインターネットが発達したところにIT革命が起こった。
すなわち、コンピュータはこれまでの計算、情報管理、データベース、検索などの仕事に加えて、通信端末として機能することになった。
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